クモハ52
1936年製造。当時世界的に流行していた流線型を取り入れ、当初は「魚雷型電車」と呼ばれた電車で、後に「流電」の愛称で親しまれた。第一次製造1号、2号の窓配置は42系の相当形式に準じ狭幅の窓である。3号機からはクロスシートの部分の窓が広くなった。第三次製造では、先頭車のみを通常の貫通型に変更した。そのため形式番号はモハ43形とされ、その追番が付与されたが、性能的にはモハ52形と同等である。前面は半流で側面も2次形同様の広窓としたため、従来のモハ43形とも違った形態になった。


クモハ52001


クモハ52002


クモハ52004


モハ52004


モハ54000
モハ52004

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