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C62の全兄弟(C62の分類) |
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製造両数は49両、1948年から1949年にかけて日立製作所笠間工場で21両、汽車製造大阪製作所で13両、川崎車輛で15両製造されている。 製造表にあるように川崎車輛の15両以外の製番がまちまちの所があるが、これは戦中、戦後に多くの機関車が製造中止となった為の欠番を埋めた物と思われる。
C62が使用したD52のボイラーには甲、乙、丙の3種類がある。これはボイラーの胴の長さが違っている。 試作ストーカー装備機。 試作ストーカを装備したものはC622、C623、C624に装備された。この試作ストーカはエンジンは、ダイハツ工業梅田工場にあった満鉄向け残品を使い、スクリュウとコンベアを新製したものであった。 C622を使って山陽本線で試験を行った。後に量産形と交換をした。 ストーカー未装備のまま配備。 試作ストーカの成績がまとまり、量産するまでの間に落成したC62は、ストーカ未装備のまま各機関区へ配備された。C621、C625〜11、C6222〜24、C6237〜39、C6211、C6224、C6239などであるが後に各メーカーに里帰りしてストーカが整備された。 量産ストーカー付きで配備。 量産型は小型で高出力のものが改良されキャブ下に搭載が可能となった。上記以外の号機にはこの改良型が取り付けられ配備された。後にC622、C623もこの量産機に変更されているが4号機は事故により廃車となり装備されなかった。 ドームカバーによる相違。 ドームカバーは日立製、川崎製は前後が非対称であるが、汽車製は前後の形が対称となってる。前後対称の方が治具が一つで済むという利点がある。 給水温め器の多いの違い。 日立、川崎製の被いカバーは給水温め器の端面が顔を見せているが、汽車製は完全な密閉型となっている。しかし汽車製のC6239、C6241は例外となっている。 重油併燃装置の違い。 重油タンクの位置は名古屋タイプと宮原タイプがあり、炭庫の外と内がある。 1、2,6,16,17,18,25,26,29,30,35,36,41,42号機に取り付けられたが、東海道電化で転出する際に撤去された。しかし、北海道では昭和33年から37年にかけて小樽築港のC62全機に取り付けられた。 サンドパイプの違い。 当初、前進のみであった日立製のサンドパイプは順次、後進用の1本を加えて全機3本となった。 C627号機だけは追加1本をケーシングの外側に加えたものになった。 1、5、6,12,13,14,15,16,17,18,25,26,28,29,31,33,34,35,36,40,41,43は検収の便利さからケーシングの外に3本出した。 |